【レビュー】オービタル・クラウド


「オービタル・クラウド」が文庫化 (当然Kindle版もあるよ!) されたので、簡単なレビューを書いて推しておく。

私が読んだのはオリジナルの方。文庫化にあたり、物語の設定も含めて色々書き換えられているらしい。

とのこと。気になるので、今度の週末に文庫版も読もうかな。

どんな物語か?

「オービタル・クラウド」は、実にエンターテインメントらしいSF小説である。コワーキングスペースで働くエンジニア、アマチュア天文家、学者、軍、国家機関、様々な立場の人々がそれぞれの立場と能力を生かしながら、とある「宇宙空間の危機」に立ち向かうという壮大なお話である。主人公は、宇宙ニュースサイトを運営する日本人プログラマ。衛星の軌道計算が得意だ。天文ショーや宇宙機の大気圏再突入など、宇宙で「祭」が起こるたびに、ちょっと儲かる。

物語は、宇宙に関わる人々の群像劇という形をとって始まり、やがて、かれらの観測する「点」がつながり「線」となり、「宇宙空間の危機」の全貌が見えてくる。一般人がアクセスできるわずかな情報を手がかりに地道にパズルが解かれていく。それと同時に、立場と能力の異なる人々が少しずつ集結し、その危機に立ち向かうこととなる。

持つ者と持たざる者

寄せ集めの人々が世界的危機を解決する……ともすれば厨二病妄想全開でウソ臭くなりがちなパターンなのだが、そう見えないのは、そのメンバーが集まって協力する理由、そして対立する人々が対立する理由こそがこの作品のテーマとなっているからである。
個々の能力を補完させるだけでなく、「持つ者と持たざる者」を鮮やかに対比させるべくキャラクターが配置されているのだ。そして、「持つ者と持たざる者」の理不尽な格差は、単なる「舞台設定」ではなく、「宇宙の危機」と同じく「対峙すべき問題」として描写されているのだ。

金を持つ者、持たざる者。自由を持つ者、持たざる者。権力を持つ者、持たざる者。宇宙開発というのは、持つ者と持たざる者が残酷に分かたれた分野である。持たざる者には、参入すら許されないのだろうか。

インターネットと、夢いっぱいのノマドワーカー達。かれらの信じる、自由なインターネットの世界。意欲と能力さえあれば何でもできるという夢。
しかし、そのインターネットから隔絶されたところに住む人がいる。自由は夢なのである。

近景のIT、遠景の宇宙

この作品を読んで上手いと思ったのは、「遠景」と「近景」の描写の対比だ。タイトルからも分かる通り、これは宇宙のお話だ。しかし、実は宇宙よりも計算機技術の話のほうが圧倒的に細かく描写されている。
宇宙開発技術の描写は、実はけっこうあっさりしている。ツッコみたくなるようなディテールは省略されている。その一方で、元エンジニアという作者の経歴が生かされた計算機技術周りのディテールが物凄い。現役の計算機技術者がニヤニヤしながら読めるリアリティ。特に、ハッカー達が問題を推理し、解明してゆくプロセスは見事だ。「ああ、実際起こりそう」「ここまで細かく描くのか!」と、圧倒的な説得力を持つ描写となっている。コワーキングスペースに集まる、意識の高い起業家たち。夢と希望に溢れていたあの頃のワクワク感とイタさがそのまま伝わってくる。
宇宙開発という遠景と、計算機技術という近景。カメラに例えるならば、近景にピントが合っているのだ。

プログラマを主人公に据えることにより、「近景のIT、遠景の宇宙」というスタイルは非常に自然なものとなっている。そして、この「近景」の鮮明なな描写が、物語への没入感をもたらす。

上下巻の2冊、けっこうなボリュームだが、テンポ良く物語が展開してゆくので一気に読めるはず。夜中に一気に読んでゆっくり昼寝しよう。